読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カシパンドローム

カシパンドロームは小出マワルの所属する個人サークルです

フリーペーパーとしてお披露目することについて

 私はいくつかの同人誌やzineをつくってきたけれど、 それが読まれた後の制作物の扱いについて思っていることは変わってない。大切に保管して、時折読み返してほしい、ということを願っていない。ビール1本を買って飲んだり、映画を1本レンタルして鑑賞するのと、等価なお金を出してもらえるだけの、質は高めていきたいと強く思っているが、自分の作品だけは後生大事にしてほしいと思っていない。
 もちろん大事にしてくれる人がいたら、とてもうれしいけれど、人間というのは時間が経てば、環境が変わるだろうし、人生のステージも変わり、昔はいいと思っていたことが、今となってみれば、さして目新しさもなく、関心が持てなくなるというのは良くあることだ。
 そうなったときに、私の作ったものは遠慮なく捨てられるように、頒布の値段の設定をしているし、ただのインクがのった紙、つまりコピー本なので、捨てることへのためらいも少なくて済むと思っている。
 
 でもそういう考えを突き詰めていくと、私の作ったものをどこで発表するのがいいのか、ということが少し変わってきた。
 今まではつくったものを同人誌即売会や、zineの展示販売会に出展することを、何も考えずにそういうものだと思ってきたが、先日、花羽という短歌のフリーペーパーをコンビニのネットプリントで受け取って、この品質でフリーペーパーでお披露目されてしまうと、自分の中の当たり前と思っていた発表の場の考え方を、変えた方がいいのではないかと思うようになった。
 同人誌即売会には、新作を出せた方がいいと思うけれど、会場に行ける人にとっての百貨店みたいなもので、同人誌との出会いの場なのだ。宝石のように輝く同人誌を求めて人が集まるのに、自分が出せるのはコピー本ということが悪いとは思わないけれど、空気を読めてないよなとは思う。
 年に数回のイベントに出展するために、モノづくりをするのは、もちろん大事なことだと思うが、私の中でモノをつくるうえで大事なのは、作り続けること、そして多作であること。そうすると、イベントだけでは、つくったものをお披露目する回数が不足しているように思える。
 多作で、お披露目の回数を増やす手段として、無料でつくれて、無料で読める、ブログでやるという手もある。しかしブログを長くやってきても分からないのは、「そのエントリーはフックしたのか?」ということだ。もちろんアクセス数が一定数継続している期間は、自分のつくっているものの面白さの指標にはなると思うけれど、本当に楽しみにしてくれているのか、相手の正体がよくわからないのである。
 そこで思うのが、自分の制作物もネットプリントで、出力の原価を負担してもらって、本当に見たいと思ってくれる人に渡せるようにした方がいいのではないか、ということだ。
 コンビニに行ってコピー機にお金を入れると、印刷物が出てくるというドキドキは、個人的にとても気に入っている。
 これまで作ってきたのもコピー本だし、ネットプリントで出力できるものとほとんど同じである。ブログではアフィリエイトブロガーに絡まれることもあるが、ネットプリントならそういうこともないだろう。
 
 ただし、ネットプリントを選択肢に入れるうえで、自分の中でもきちんと考えていかないと、読んでくれる人がいなくなってしまう可能性の方が高い気もする。ネットプリントは出力の単価が普通の出力の倍で、ページ数が多くなると、読むために必要なお金も倍になる。風呂上がりのハーゲンダッツが食べられる楽しみと、等価なものをつくる必要がある。
 長くやってきたブログで、写真を見せるときには、パソコンのモニターで写真をみて、「まあこんな並びでいいでしょ」という意識レベルでやってきた。これがSNSになると、もうほとんど順番なんて何も考えてないに等しい。でもzineや同人誌になると、写真を紙で出力して、1週間以上順番を並べ替えたり、差し替えたりしている。そこにあるのは、いかに写真のページをめくる流れをスムーズにするかという編集だ。
 でも自分の編集の力は、まだ全然わからない。頼りになる人がいない心細い状態だけれど、そのわからないことを、わからないままに続けて、アベレージを上げていかないと、お金を払って読み続けてもらえない。そこを今以上に頑張る必要があると思う。
 
 今後、即売会に出展しなくなるということは無いと思う。でもネットプリントとの差は作っていきたいので、例えばコピー本でも印刷する紙にこだわったものも出展するとか、印刷屋さんに発注して作ってもらったきれいな冊子も出展できるようにしていきたい。来年くらいから切り替えるくらいのつもりで、でも来年もつくり続けていればの話だけれど。