読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カシパンドローム

カシパンドロームは小出マワルの所属する個人サークルです

レポート170521

執筆

 今週は5日間プロットをいじったので、ほぼ毎日作業したが、それだけ進んでおらず、行き詰っている。

 そろそろ執筆を始めた方がいいのかと思い、これまでのプロットをサクッとScrivenerに清書しようとしたところ、書き足したいことがポロポロ出てきて、まだプロットは書いていた方が良いと思った。

 でも、いつかはプロットを終わりにして、書き始めないといけない。それはいつになるんだろう。

 あらすじは、金曜くらいにこのブログに書きますね。

 

今後のイベント参加

 Zine展 in Beppu4に参加します。シンクウカンが1年間の活動を終えるタイミングなので、ちょうどいいかなと。

 10月で今書いているプロットが終われば、出展したいけど、無理くり間に合わせることはしたくない。

 今年こそは、現地のBeppuを見に行きたいなと思っています。

 

 秋のテキレボは、今週末募集開始なので、こちらも参加予定です。何が出せるかな?楽しみ。

レポート170514

執筆

 プロット作業が4日間。

 脳内インタビューは、主人公、敵対者、主人公の上司の3人で終わりにして、絵師さんに登場人物やプロットを渡すためにメモを清書。清書するのに2日間、意外と時間がかかってしまった。

 そんなわけで、お話の大筋は出来たと思う。プロットの構成を見直したら、あらすじを書いてお見せしても良い気がする。来週くらいに公開できれば。

 

4コマまんが

 なんとなくで、写真を使った4コマまんがを描きはじめた。

4コマ カテゴリーの記事一覧 - As with a bicycle, Koide Mawaru

 お話のつくり方が、文芸同人活動に活かせればうれしい。

 ささやかながら誰かが笑ってくれるものを、この自分が作れていることがうれしい。またこういう小さいことが他の人に連鎖していけば、いろいろな人が楽しめる世界がちよっとずつ広がっていくと思うので、無理のない範囲で続けたい。

 

読書

まほろ駅前多田便利軒」三浦しおん

 まだ出だしを読んだだけだが、久しぶりに面白いと思える小説に出会えた気がしている。

 すっと読める文体だが、心情描写や風景描写も程よくて、自分もこういうお話が書けるようになりたいな。

 映像化もされているので、そちらも見てみたい。

 

レポート170508

執筆

 GWはボランティアで時間を取られて執筆はほぼ休みだったが、敵対者、主人公の上司の脳内インタビューを済ませた。

 敵対者と上司が似ている雰囲気になってきて、どうしようかな~と思っている。似ていても問題はないんだけども。混乱してしまわないかな?

 インタビューは、頑張っても1人2時間くらいかかってしまうので、あと1人で終わりにしたい。

 インタビューしていると、自分の知らないことが相手から返ってくるので面白い。知らないことは図書館で入門書を見つけて読んだ方がよさそう。

 

 4/15くらいから、今考えているお話のプロットを書き始めているが、そろそろ1ヶ月になるので、そろそろ完成させたい。最低でも登場人物の詳細については終わりにしたい。

 それは、今回のお話はイラストを描いてもらう予定にしているからだ。お願いした絵師さんは、元ハイカーのともるさん。

 イラストを入れてもらえるのは初めてだし、楽しみなので、お話を面白くできるよう頑張っていきたい。

 

関連読書

「読んでいない本について堂々と語る方法」ピエール・バイヤール

 アウトプットする人間ならば、読書しすぎることは避けるべきだ、ということが論理的に書かれていた。

 書物を読めば、少なからず書物から影響を受けてしまい、自己のユニークな点が第三者の意見で上書きされてしまうかもしれないので、そういう点には注意が必要だという趣旨だった。

 本を読むことは良いことだという暗黙の了解もあるが、死ぬまでに世界の、いや国内の本ですら読みとおすことはできない訳で、時間が経てば読んだ内容は忘れていくし、有限の時間を使って教養を増やすことだけに集中するのは、もったいないということなのだろう。

 内容を詳細に覚えなくていい代わりに、目を通した本がジャンルのどの位置にある本なのかを把握することが大事だと書かれていた。そのためには、ある程度読書してバックボーンを持つ必要があると思う。

 この本の中にある流れは、本の内容を誰かと詳しく議論していくのではなく、本を読んだ結果から内容を通して、自分のことを語ることができるようになろう、というものなのだと思う。

 ゆえに、書くというアウトプットをする人は、影響されすぎない距離感で良い本を読み、その内容を通して書くこと、つまり自己投射していくことで、変化し続ける書物のフロンティアを拡大していく一員になっていこうという、とても高いレベルを求めてくるような内容だったが、そういわれると自分も隅っこを照らせるくらいのことは、書けるようになっていきたいなと思った。

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

レポート170501

執筆

 プロットを3日間。

 ストーリーの下書きはまだ粗いが後で見直すことにして、登場人物の名前を決めたり、主人公の(脳内)インタビューをした。

 インタビューは結構時間がかかってしまったが、お話に使う使わないは別として、いろいろな情報が出てきて楽しかった。

 朝に作業することが多いが、始める前に気合を入れずに、5行くらい書いてみようくらいの軽さで始めた方が、パフォーマンスが高い気がする。

レポート170424

執筆作業

 今週はプロット作業を5日間。毎日2時間程度の作業。大雑把に書いてから、細かいところを後で修正している。

 初日はさすがに「面白くなりそう」と思いながら書いたが、それを見返しつつ書き足していく作業は、「これ書き上げる意味あるかな?」という感じ。メンタルレベルは低空飛行で自分の実力の無さに凹みつつやっている。

 K.M.ワイランドのプロットの書き方本に沿って進めており、「今日は頑張ったぞい」という爽快感はない。ちまちまやっている感じ。プロットだから、直線的に進むより、道を逸れつつ妄想が捗る方が良さそう、とは思っているけど。どうなんだろう。

 火星が入宮したので、ガーッと進むかと思ってたけど、執筆には影響出ないのかな?

アウトラインから書く小説再入門 なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか?

 

関連読書

「SFの書き方」

 大森望とゲストスピーカーの部分を、飛ばし読みで読了。

 冲方丁の梗概(こうがい)の話は直接的な話で参考になったが、他の部分は間接的なお話。

 「書き方」と題があるのだから、個人的には初心者向けHow Toが、たくさん載っていてほしかった。

 でも日本のSF史や、海外のSF動向が詳細に書いてあったので、そこは元を取れたと思う。自分は全くSFに詳しくないので。

SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録


グルグル

 言葉を使ってお話を書こうとしているが、自分の言葉づかいは意味を固定したり分断したりする面の強い使い方なのかもしれない。

 写真ブログの方でも書いたが、言葉の後ろに広がる風景を見るように、言葉を使えるようになりたい。

 現状の能力では、この理想は高すぎると思うけど、夢を見なかったら叶わないし。

 でも自分が書けると思っているお話は3本くらいなので、どのあたりまで成長できるかが勝負かな。完全には達成できないとも思う。

 

インプット

 「言葉」でのインプットである読書もしつつ、「映像」でのインプットも強化したいと考え、ぜんぜん見ていないNetflixの利用状況を改善してみることにした。

 読書は、気軽に本を手に取り、気分がのらなかったらスグやめてしまうので、読書を始める時の精神的エナジーは小さくて済む。

 しかし映画を見るとなると鑑賞に1~2時間という終わりが決まった時間の使い方になるせいか、映画を見始める時に必要な精神的エナジーを大きく見積もってしまい、負担に感じてしまう。映画も合わなかったら途中で投げるというか、もっと気楽に見たらいいのかな?

 1日の時間の中に映像作品を見る時間を入れていきたいので、ぼんやりネットしてた時間を切っていくことになると思う。そこをうまく習慣化していきたい。

 

執筆レポート170418


 4/1のテキレボで発表した本は、文章が自作ではなかったので、かなり楽してしまった。

 お話は書きたいと思いつつ、お話のネタ集めとして乱読を続けていたけれど、そろそろ書いてもいいんじゃないかと、大塚英志の「ストーリーメーカー」を読み終えて思った。

 だって同じ骨企画を書いた2016年末から、お話を書いていないですから。書きたいお話があるので、それは書いておきたいなということです。

 

プロットを書き始めた

 ブログにも書いた年初の予定通り、同じ骨企画の続きというか拡大版をまず書こうと思っていたが「芸術とは?」という、ものすごく大きそうな題を解く必要が出てきそうで、腰が引けてしまった。

 芸術論ではなく写真論ならなんとか書けそうだが、それでもまだまだ勉強しないと書けないだろう。

 現状からさらにテーマを絞って読書を続けることは、読書が続いていた日々をまだしばらく続けることになり、それはちょっとしんどい。

 そこで試しに深海の創作で考えたことのあったプロットも書いてみたのだけれど、こちらは「生命とは?」という題になり、またお題が大きい。

 しかし、微生物研究をやっていたことの地続きなら、芸術論や写真論よりはまだ生命論の方が、経験してきた時間が長く(真面目にはやってなかったけど)描きやすいのかもしれない。

 そして、そんな「生命とは?」というお題を、最初に解いておく必要もないのかもしれない。

 

 「ストーリーメーカー」のQ&Aを一通り書いてみたが、ぜんんぜ粗いプロットだし、整合性も怪しい。

 しかし足掛かりになるなら、お話が書けることにはなると思う。しばらくはプロットをいじりつつ、煮詰めていこうかな。

 

次作について

 これまで書いたお話は、同人誌にすることを目的に書いてきたけれど、次作はコンペに出すことも視野に入れておきたい。

 というのも、お話を書き終えたときに「これでよかったのかなぁ...」と、毎回思っていたからだ。

 下読みをしてくれる友人はいないから助言をもらうことは出来ないし、同人誌として買ってくださった方も、アンケートに回答してくださる方はものすごくレアだ。

 私としてはどんな感想でも嬉しいが、感想を返すほどのことが書けてないのかな、という気もする。

 一方でコンペにもよるが、応募作には編集者のコメントが返ってくるコンペもある。

 そういうプロ編集者の分析的なコメントをいただくこと(ズタボロに批判されるらしいが)も、一度は経験してみたらいいかなというヌルイ感覚である。(二度と応募しないかもしれないが、そんなに多作を書ける人生でもなさそうなので。)

 まあ、そういうことは書いた後で決めたらいいかな。

 

期待の新刊

 ツイッターで知ったのだけれど、「SFの書き方」という本が今週発売されるので、予約してみた。

 228ページもあるので、サッとは読めないだろうけど、今書きたいと思っているお話は、広い意味ではサイエンスフィクションだと思うので、読んでみて損はないハズ。

SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録

 

おわりに

 という訳で、執筆の方もレポートを書いてみました。週報で毎週書けるかは分からないので、進捗がなかったら月報になるでしょう。

 ブログでレポートを書くことは、誰かに読んでもらうことも大事でしょうが、自分で進捗把握したりモチベーション管理したりする効果が、小さくない気がしています。(写真ブログでやってみて)

 次のお話がどうなるか、ネタバレしない程度に書いていけたらなと思っています。

テキレボ5を終えて

はじめに

 テキレボ5が終わりました。委託参加だった自分の結果は、まだ分からないのですが、浅草で私の作品を手に取ってくださった方、ツイッターでの告知をRTやファボしてくださった方、ありがとうございました。

 「甘い記憶は~」を楽しんでいただけていると嬉しいです。

 

イベント参加して思うこと

 静マルもそうだったのですが、この頃イベントが終わって「スッキリ!」という気分にならなくなりました。どちらかというと、「もっと頑張れたんじゃないか」という気分になります。

 しかし、締め切りを守り、読めるものを作って、お披露目できたというのは、自分を甘やかすわけではありませんが、それだけで結構頑張っているはずです。

 つまり、イベント参加するようになって1年ほどで、「参加できた」というだけでは、満足できなくなってきたのでしょう。

 

今後どうしていけばいいのか

 ぼんやり思うのは、長らく続けてきた写真と同じで、自分の表現したいことは何なんだろう、それを探すことが重要なんじゃないか?ということです。自分の伝えたいこと、世界観を表現しきること、それが作品の分かりやすさになると思っています。

 しかし、タマネギの皮をむいていくように自分の芯を探していって、「自分の表現したいことは見つかるのかな?」とも思います。タマネギの中心に、種がある訳ではないですからね。

 

手応えがないのは

 それもこれも、最近イベントに参加して、作品が受けているかどうかという手応えがないから、「不安」なのでしょう。それも、委託でしか参加していないから、ということも大きいと思います。対面で作品をお渡ししていないので、どんな人の手に渡っているのか、私は見たことが無いですから。

 でもイベントに参加すれば、多少の数は誰かの手に作品が渡っていくことは、数として理解しています。そこに手応えがないというのは、こういったブログの活動との比較があるからかもしれません。

 ブログが最高にうまく伝ること、私にとってそれは、誰かを触発できた時です。でも同人誌をつくって誰かを触発できたことは、まだ無いように思います。

 同人誌でお話を読みたい人は、お話を読むことが好きなわけで、読んだ感想を書くことが好きな人とは限りません。ブログの読み手は、読み手自身もブログを書いていることが多く(最近は減ったと思いますが)、私の思う触発しあう関係が見えやすいのでしょう。反対に同人誌の読み手は、サイレントな読者が大半なのでしょう。

 

でも辛くなってしまう

 そのことを踏まえても、読んでくれた人からの反応が少ないのは、私の作品が、アンケートに回答しようと思えるほどの、熱量を持っていないのかもしれないと推察することもできるわけで、そう思うと肩を落としてしまいます。

 その結果、誰かの手に渡った数だけが、自分の頑張りを評価する基準になってしまうと、より辛くなってしまうのです。他のイベント参加者が、どのくらいの数を頒布したのかということを知り、自分の相対的な位置を知ることによって。

 

むやみに広く考えないこと

 そこで私が大事にしたいのは、作品が

①尊敬する目利きの人の目に留まる

②半径5メートルの人に楽しんでもらえる

ことなのかなと、今はそう考えています。

 

 尊敬する目利きの人というのは、同人活動をして人で面白い作品をつくっている人です。自分よりも活動歴が長い人がほとんどですから、経験も豊富。そういう人から感想をもらえると、励みになります。ただし、その感想に媚びるようなことはしないでおきたいです。経験豊富な人は、それも見越した感想をくださいますが。

 また、半径5メートルの人たちを楽しませることができないと、より広範囲な人に自分の作品を楽しんでもらえることはできないでしょう。

 自分の偏愛を理解してくれる人が、ネットでなら見つかると信じられる世界は、もう終わったと思います。少なくとも私レベルの表現をする人は、ごまんといるわけです。巡り合えませんよ、そんな世界では。だから身近な人の反応は大事だと思います。

 ただ同人活動する場所が、本当に同人誌即売会だけでいいのかということは、考えてもいいのかもしれません。人によっては、雑誌や賞に投稿した方がいいかもしれませんし。

 

おわりに

 小さなことからコツコツと。という結論になるのかな?

 自分のやっていることがうまくいっているかどうか、周りを見渡して相対的に判断しがちだけれど、見るべきものは自分の出した結果であり、心細くても小さな一歩をしっかり「自分」で味わっていくことが大事なんでしょう。

 世間でおいしいと言われる料理だから自分もおいしいと思う、なんて食事の仕方は、あんまりしませんよね?

 とりあえず、10作くらい作って並べてみたときに、何を思うのかな自分は。